モーツァルト――透明な水

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透明な水、同心円状に広がる波紋――モーツァルトの音楽の象徴

なぜ、モーツァルトなのか

 プロのオーケストラの入団試験に、モーツァルトが使われます。

 コンクールの課題にも、モーツァルトが選ばれます。

 

 具体的には、モーツァルトの

 ヴァイオリン協奏

 第3番 ト長調 K.216

 第4番 ニ長調 K.218

 第5番 イ長調 K.219

 それぞれの第一楽章です

 

 では、なぜモーツァルトでなければならないのか。

 

モーツァルトは、透明な水です

 モーツァルトの作品は、楽譜を見れば、音符は複雑ではありません。

 超絶技巧が次々と現れるわけでもありません。

 

 ところが実際に弾いてみると、これほど難しい音楽はありません。

 理由は、モーツァルトの音楽が、透明な水だからです

 

 透明な水は、僅かでも濁ると、すぐに分かります。

 水の流れは、少しでも滞ると、すぐに分かります。

 

 そうしたことから、モーツァルトの作品の演奏では

 左手が僅かでもズレれば、音程狂い

 右手が少しでも乱れれば、運弓の不安定さが

 流れが一瞬でも揺らげば、音楽の停滞が

 総て濁りとして聴き手に伝わってしまいます

 

 演奏の熱量で隠すことのできる音楽もあります。

 しかしモーツァルトの作品は、あらゆる揺らぎを、一瞬も隠すことができません。

 

 だからこそモーツァルトは、演奏の本質を問う場所で

 繰り返し使われ続けているのです

 

 上善若水(じょうぜんじゃくすい)。

 老子は言いました。

 最も優れたものは、水のようなものだと。

 

 最も純粋なものは、最も透明です

 それがモーツァルトなのです

 

その演奏は、濁っていませんか

 モーツァルトの楽譜は、少し練習すれば弾き通せるようになります。

 

 それで何となく、よしとしてしまいがちです

 あるいは取りあえず弾き通して、徐々に改善しようと考えてしまいがちです

 

 しかし、ここに恐ろしい事実があります。

 それは、濁りに気づかないままでも、弾き通せてしまうことです

 

 濁りとは、単に汚い音という意味ではありません。

 ヴァイオリンの胴も、弦も、すべてが共に美しく響き合い、

 豊かな倍音を伴って鳴っている――そうでなければ、

 どれほど澄んで聴こえても、それだけで濁りがないとは言えないのです

 

 濁りを聴き取る耳がなければ、濁りはないことになってしまうのです

 

 弾き通せていることは、濁りのないことの証明にはなりません。

 

 いくら弾き通せていても、いくら徐々に改善しようとしていても、

 一音いちおんが濁っているなら、全く弾けていないことに等しい。

 

 そして、濁りはモーツァルトの中で生まれるのではありません。

 エチュードにも、スケールにも、総ての楽にも、濁りは潜んでいます

 モーツァルトの音楽は、それが微塵も許されないだけなのです

 

 それがモーツァルト演奏の難しさであり、

 モーツァルトが透明な水であるとは、そういうことなのです

 

 だからこそ、誤解してはなりません。

 これらの協奏を教えていることが、本格的な指導の証なのではありません。

 これらの協奏を弾き通せることが、本格的な演奏の証なのではありません。

 一音いちおんが濁っているなら、それは透明な水とは、最も遠い演奏です

  濁ったままで弾き通したのでは、真のモーツァルトにはならないのです

 

チューナーで、濁りはわかりません

 ヴァイオリンの音の濁りを聴き取る耳は、どうすれば得られるのか。

 ヴァイオリン響き聴くことでしか、得られません。

 

 録音では、技術の限界から濁りは聴き取れず、判別する耳は育ちません。

 ピアノの音も、ヴァイオリン響きではないので、やはり耳は育ちません。

 

 そしてチューナーでは、ヴァイオリン響きそのものは捉えられません。

 チューナー音程を測ること自体が、ヴァイオリン響きを捨てることです

 チューナーの針を見るとき、耳は働いていません。

 使うほどに、耳は破壊されていきます。

 

 チューナーの数値の外側に、音律の計算の外側に、勘や経験の外側に

 ヴァイオリンの真の響きはあります。

 

 数値を見て覚えた音程は、数値の再現にすぎません。

 ヴァイオリン響きそのものは、数値では捉えられないからです

 耳で聴きとったヴァイオリン響きこそが、どのでも、どの場面でも、

 奏者自身の中で働き続けます。

 

 ヴァイオリン以外の響きや数値では、ヴァイオリン響きはわかりません。

 ヴァイオリン響きがわからなければ、濁りの有無もわかりません。

 透明な水は、耳でしか作り出せないのです

 

透明な水の基準――『一点』

 では、透明な水を作り出すために、何を聴き分ければよいのか。

 それが、『一点』です

 

 『一点』とは

 ヴァイオリンという楽器の個体差を超えて全体が共鳴し、倍音が豊かに鳴りきる、

 響きの成立点です

 

 『一点』は、開放弦と同名音だけにあるのではありません。

 ヴァイオリン奏でるべき総ての音の中に、普遍的に存在します。

 

 『一点』は、気分や精神論ではありません。

 楽器全体が共鳴しているか、倍音が鳴りきっているか――

 それは主観ではなく響きそのものに存在する物理的な事実です

 ごまかしの一切きかない響きであり、多彩な音色も、様々な音楽表現も、

 ヴァイオリン演奏の総てが、この上に花開きます。

 

 そして『一点』は音を区切る概念でも、細切れにする奏法でもありません。

 音を断ち切るものではなく、音楽を生きたものにする響きです

 

 『一点』を射抜いた響きは、持続音として次の音へと流動を生み、

 音楽に推進力を与えます。

 前の音から引き継いだエネルギーの流れが、次の音へと向かい続けるのです

 

 また、ヴァイオリンにおいて音色音程は、別のものではありません。

 ヴァイオリン正しい音程と美しい音色は同時に成立します。

 ヴァイオリンの真に美しい音色は、『一点』響きの中にこそあります。

 

 『一点』は、透明な水を成立させる基準です

 これが、透明な水の正体です

 数値には現れない。

 耳にしか聴こえない。

 しかし確かに在る。

 

 今この音が『一点』を射抜いているか、外しているか。

 中間はありません。0か100かです

 

 指導の流儀は、様々あるでしょう。

 しかし、ヴァイオリンが鳴りきっているかどうかに、流儀はありません。

 答えを出すのは、楽器です

 

エチュードを何巡しても、濁りは拭えません

 この『一点』を抜きにして、エチュードを語ることはできません。

 

 エチュードとは本来様々な音や状況のなかにあってもなお、

 一音いちおんの中に『一点』を、

 峻厳に聴き分け弾き示せるようにするための教材で、いわば「薬」のようなものです

 

 『一点』を知る指導者という主治医が、学習者という患者の症状を診断し、

 あらゆる音演奏技術において『一点』を奏でられるように処方するものです

 ある患者に必要な薬が、別の患者には毒となることも、当然あります。

 最初から最後まで順番に何巡も弾かせることは、

 薬棚にある薬を片っ端から全部飲ませるようなものです

 そのようなことは医学ではあり得ません。

 ヴァイオリン指導においても、決してあってはならないことです

 

 『一点』を外したまま弾き続けると、左手響き悪い音程に固まります。

 右手は鳴らない音を鳴らそうとして無用な力を帯びていきます。

 その力は身体への負担となり、やがて不調を招きます。

 混濁した響きを、生徒の耳が「正解」として受け入れてしまえば、

 その誤りは身体に刻み込まれ、修正には何倍もの労力を要します。

 

 さらには生徒だけでなく、その指導者の耳も破壊されてしまい、

 混濁した響きの中にいることにさえ気づけなくなってしまうのです

 

 『一点』を聴き分ける力を失った耳は、些末な変化に翻弄されます。

 圧力のわずかな違い、指の角度のぶれ、音の揺らぎ――

 楽器を弄り回しながらそれを捉えることを、聴き分ける力だと誤解するのです

 

 『一点』を見極めることなく混濁した響きで弾き散らかすのは「作業」です

 ヴァイオリン本来の美しい響きによる「演奏」ではありません。

 

 エチュードを何巡弾いても、濁りは拭えません。

 それどころか、何巡するほどに濁りは身体に刻まれ、

 濁りを聴き取る耳そのものが、破壊されていきます。

 

 透明な水は、回数を重ねたところで、決して得られません。

 

『一点』の継承

 『一点』は、アウアーからシフェルブラットへ、

 シフェルブラットから鷲見四郎先生へ。

 世界的名教師の系譜の中で、耳から耳へと継承されてきた響きです。

  その指導を傍らで見続け、歴史的名教師となったのが鷲見三郎先生です。

 私はその両先生に師事し、特に四郎先生のもとでは

 13年にわたって研鑽を積みました。

 

 その四郎先生こそ、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏ホ短調を演奏して

 日本音楽コンクール初代優勝を果たされた方です

 第2回も四郎先生が優勝されたため、優勝者は再度参加できない規定が

 設けられたほどでした。

 四郎先生のもとでの指導は、そのメンデルスゾーンの協奏

 冒頭の「シ」の音程に存在する5種類の『一点』の弾き分けだけでも、

 数時間に及ぶものでした。

 

 「○○に師事」という一行は、プロフィールに容易に記載できます。

 しかし「名前を受け取ること」と「音を受け取ること」は、別のことです

 『一点』は、文字にも、録音にも、動画にも残せません。

  耳から耳への継承にしか、受け継がれないものです

 

『一点』を得て、透明に鳴り響くモーツァルト

 指導者『一点』を学ぶことで、指導者自身の耳が変わり、演奏が変わります。

 

 指導者の耳が変われば、生徒への言葉が変わります。

 生徒への言葉が変われば、生徒の耳が変わります。

 生徒の耳が変われば、生徒の音が変わります。

 

 なぜ、生徒に同じ注意を繰り返してしまうのか。

 その原因が、音の中に見えます。

 どのエチュードを今処方すべきかも、根拠を持って言えます。

 「これが正しい」と、確信を持って言い切ることができます。

 

 その先に、モーツァルトが透明に鳴り響く日が来ます。

 

 一音いちおんが濁りなく『一点』を射抜いている。

 弾き通せたかどうかとは、全く別の次元の演奏です

 プロのオーケストラの入団試験で、コンクールの課題で、

 問われ続けてきた透明な水が、生徒の楽器の上で成立するのです

 

 その響きは、当教室の生徒たちが現に奏でているものです

 成果は、発表会の場にも現れます。

 当教室の発表会では毎年、国内外の一流の演奏現場にも立ち会われてきた

 日本ピアノ調律師協会委員長の方に、会場のピアノの調律をお願いしています

 その方もまた、私の教室の生徒たちの響きの美しさと豊かさに驚かれます。

 これは、常に『一点』を峻厳に見極める指導練習の成果に他なりません。

 

 上級者音大生プロ奏者だけではなくヴァイオリンを始めて間もない生徒

 までもが、豊かな響きと美しい音色で、一音たりとも乱れのない演奏をする。

 それを初めて目の当たりにした指導者が、ご自身の教室の生徒との、

 あまりの次元の違いに、言葉を失ったことがあります。

 

 当教室には、趣味で学ばれる方から、音大生、プロ奏者、指導者(ヴァイオリンの

 先生)まで通われています。

 (詳しくは『初心者から音大生・演奏者まで』のページをご覧ください)

 指導者が他の教室に習いに行くことは、通常ありません。

 それでも来るのは、ここでしか得られないものがあるからです。

 

透明な水――最高度の技術、最高度の音楽表現

 『一点』を得た時、音程だけが整うのではありません。

 運弓、運指ポジション移動ビブラート、音楽表現――

 ヴァイオリン演奏の総てが、『一点』という一つの根拠へと

 収束し、統合されていきます。

 どのようなにおいても、どのような超絶技巧においても、

 『一点』を知る者の演奏は、本物響きとして成立するのです

 

 透明な水の実現とは、総合的で高い技術習得であり、

 その維持であり、さらなる研鑽です

 そして透明な水が成立している時、繊細で高度な音楽表現もまた成立します。

 濁りのない響きの中にこそ、音楽の繊細さが宿るからです

 

 だからこそ『一点』は、音程の問題でも、初歩の問題でも、ありません。

 

 ヴァイオリン演奏技術においても、ヴァイオリンの音楽表現においても、

 最高度のレベルに至ることのできる唯一の基準――

 それが『一点』です

 

 透明な水は、モーツァルトのためだけに求められるものではありません。

 エチュードでも、スケールでも、楽でも――

 ヴァイオリン演奏の総てにおいて、一音いちおん『一点』を射抜いていること

 モーツァルトは、それを映し出す鏡に過ぎないのです

 

 ヴァイオリンを自由に、楽しく。

 その願いもまた、透明な水があって初めて叶います

 濁った水の中に、本当の自由はありません。

 

 あなたの一音いちおんは、透明ですか。

 

 その問いに、今すぐ向き合ってください。

 

 決断は、今です。

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