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イワモト ヴァイオリン教室のブログへようこそ。
イワモト ヴァイオリン教室では
「正しい音程」 (正確な音程)
「本格的な音色」(美しい音)でヴァイオリンを弾くための
基礎的な演奏技術を大切に指導し
一音いちおん丁寧に
各人の進捗に合わせた課題をレッスンしています。
開放弦と同名音は共鳴、その他の音はチューナーという方法ですか?
旋律はピタゴラス、和音は純正律と考えていますか?
どのやり方であれ、どの考え方であれ、改めて問います。
あなたの耳は、何を基準として、生徒のヴァイオリンの音を聴いていますか?
ヴァイオリンではない音を基準として練習し続けると、何が起きるのか。
当教室には、複数の指導者(ヴァイオリンの先生)が習いに来ています。
そのうちのお一人が、ご自身の教室の生徒について、こう話してくれました。
チューナーのような音がする」
ピアノのような音がする」
ヴァイオリンとしての響きそのものが、置き去りにされてしまったということです。
さらに、ピアノで音を取り続けると「ピアノ耳」になってしまうのです。
そしてこれは、生徒だけの問題ではありません。
チューナーが基準の耳になっていきます。
ピアノが基準の耳になっていきます。
指導者の耳もまた、何で測るかによって、それが基準になってしまうのです。
折衷という名の迷宮
チューナー一辺倒への反省から、近年急速に広まっている指導法があります。
「開放弦と同名音は開放弦の共鳴で取り、それ以外はチューナーで取る」という
折衷的な手法です。
しかし開放弦と同名音だけを共鳴で取り、他の音をチューナーの数値で取ると、
開放弦と同名音だけが楽器を共鳴させ、他の音はチューナーの数値に合わせるため、
この手法によって、ヴァイオリンの響きは不揃いになり、分断されてしまうのです。
では、ヴァイオリンの音は、何を基準とすべきなのか。
ヴァイオリンという楽器の個体差を超えて全体が共鳴し、倍音が豊かに鳴りきる、
それは音を区切る概念でも、細切れにする奏法でもありません。
『一点』は開放弦と同名音だけではなく、ヴァイオリンで奏でるべき総ての音の中に、
普遍的に存在します。
折衷的な手法も、開放弦の共鳴に気づいたことは、正しい一歩でした。
しかし開放弦の共鳴は、『一点』のごく一部に過ぎません。
折衷的な手法という迷宮の地図を、開放弦の共鳴の他はチューナーを使って
いくら測量してみたところで、そこから出る扉には気づけないのです。
勘や経験、音律、音楽の前後関係でも、正しい音程は取れません。
その数値の外側にある『一点』こそ、ヴァイオリンが本当に鳴りきる場所なのです。
流動を生み、音楽に推進力を与えます。
前の音から引き継いだエネルギーの流れが、
次の音へと向かい続けるのです。
音程だけが整うのではありません。
収束し、統合されていきます。
ヴァイオリンのあらゆる演奏技術は、個別の要素としてではなく、
一つの響きの必然として統合され、劇的に向上します。
どのような曲においても、どのような超絶技巧においても、
初歩の問題に限定されるものでもないのです。
目的地が、指導と学習を変える
チューナーやピアノで音程を取っている限り、目指すべき響きは定まりません。
それとも、漠然とした「良い音」のままで終わっているか。
ここに、決定的な違いが生まれます。
中間はありません。0か100かです。
学習者もまた、何を聴き、何を目指せばよいのかを知ります。
目的地が定まって初めて、指導も練習も、そこへ向かう確かな道のりになるのです。
そしてこれは、エチュードでも、スケールでも、楽曲でも――ヴァイオリン演奏の
失われた『一点』
チューナーで音程を管理し、エチュードを全曲順番に弾き通させる――
弾き熟し(こなし)弾き散らかすことを、上達だと勘違いさせるのです。
『一点』を知る指導者という主治医が、学習者という患者の症状を診断し、
あらゆる音形と演奏技術において『一点』を奏でられるように処方するものです。
にもかかわらず、最初から最後まで順番に何巡も弾かせるという指導は、
薬棚にある薬を片っ端から全部飲ませるようなものです。
そのようなことは医学ではあり得ません。
ヴァイオリンの指導においても、決してあってはならないことです。
『一点』を外したまま弾き続けると、左手は響きの悪い音程に固まり、
右手は鳴らない音を鳴らそうとして無用な力を帯びていきます。
その力は身体への負担となり、やがて不調を招きます。
そして混濁した響きを、耳が「正解」として受け入れてしまえば、
その誤りは身体に刻み込まれ、修正には何倍もの労力を要します。
混濁した響きで弾き熟し弾き散らかすことは、耳を破壊する「作業」です。
『一点』を射抜いた美しい響きこそが、ヴァイオリンの「演奏」です。
ヴァイオリンの真に美しい音色は、『一点』の響きのなかにこそあるのです。
『一点』の継承
『一点』を峻厳に認識するように導く指導には、指導する側の圧倒的な耳の能力と、
学習者が急増し、指導の効率化が求められる時代の中で、
この指導は失われていきました。
音楽大学においてさえ、今やこの指導は行われなくなってしまいました。
アウアーからシフェルブラットへ、シフェルブラットから鷲見四郎先生へ。
その指導を傍らで見続け、歴史的名教師となったのが鷲見三郎先生です。
私はその両先生に師事し、特に四郎先生のもとでは13年にわたって研鑽を
積みました。
その四郎先生こそ、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調を演奏して
第2回も四郎先生が優勝されたため、優勝者は再度参加できない規定が
設けられたほどでした。
冒頭の「シ」の音程に存在する5種類の『一点』の弾き分けだけでも、
数時間に及ぶものでした。
「○○に師事」という一行は、プロフィールに容易に記載できます。
しかし「名前を受け取ること」と「音を受け取ること」は、別のことです。
『一点』は、文字にも、録音にも、動画にも残せません。
エチュードを何巡こなしても、たどり着けるものではありません。
チューナーで管理された音、ピアノで取られた音、折衷手法で整えられた音――
『一点』ではない混濁した響きを、何年も何十年も聴き続けることになります。
『一点』という基準を持たないまま聴き続ければ、
どれほど優秀な指導者であっても、耳の基準は静かに下がっていきます。
これは怠慢でも堕落でもありません。
日々の積み重ねとして、そうなってしまうのです。
そしてその基準の低下は、『一点』という絶対的な基準を持たない限り、
基準を失った耳は、自らが濁りの中にいることすら疑えないからです。
『一点』を聴き分ける力を失った耳は、些末な変化に翻弄されます。
圧力のわずかな違い、指の角度のぶれ、音の揺らぎ――
楽器を弄り回しながらそれを捉えることを、聴き分ける力だと誤解するのです。
そして、そのような指導者に学ぶ生徒の耳もまた、壊れていきます。
ヴァイオリンの音程を蔑ろにする指導者は、その音程に向き合おうとしません。
音程を初歩として片付ける指導者は、早々に音程から関心を移します。
しかしそれでは、ヴァイオリンが鳴りきる美しい響きから、遠ざかっていくのです。
そしてさらには、ヴァイオリンの総ての演奏技術の上達も、遠のいてしまうのです。
「教える立場になった以上、もう習う必要はない」
しかしそれは誤りです。
教えるからこそ、自らの耳を守らなければなりません。
それは、生徒のためでもあるのです。
指導者が再び学ぶべき理由は、二つあります。
チューナーやピアノを頼りにしてきたなら、ヴァイオリンが美しく鳴りきる響きを、
もうひとつは、濁った音を聴き続けて、耳が壊れていくということ。
『一点』という基準を持たない耳は、無自覚に壊れていきます。
学び直し、耳を修復するには、本来の『一点』に触れ直し続けるしかありません。
学び直す場所を持つ指導者だけが、自らの耳の濁りに気づくことができます。
そして耳を修復する場所を持つ指導者だけが、生徒の耳も守ることができます。
今さら習うことは、これまでの研鑽を否定することだと感じるかもしれません。
しかし、それは逆です。
幼い頃から積み重ねてきた研鑽は、消えはしません。
『一点』という基準を得た時、その研鑽は初めて、本物の響きへと磨き直されます。
長年かけて培った技術が、『一点』という一つの根拠のもとで統合され、
そしてその時、磨き直されるのは指導者自身だけではありません。
その指導者に学ぶ生徒の音もまた、変わり始めます。
当教室には、趣味で学ばれる方から、音大生、プロ奏者、指導者(ヴァイオリンの
先生)まで通われています。
(詳しくは『初心者から音大生・演奏者まで』のページをご覧ください)
指導者が他の教室に習いに行くことは、通常ありません。
それでも来るのは、ここでしか得られないものがあるからです。
あなたは納得していますか
ヴァイオリンを愛し、学び、奏で、教えることに、懸命に取り組んできた。
しかしその懸命さが、『一点』に出会わないまま続いてきたのだとしたら…
正しい音程を教えたつもりでも、ヴァイオリンらしい美しい響きがしていない。
正しく色々と教えてはいるのに、ヴァイオリンの演奏技術が上達しない。
正しくレッスンしてはいるのに、ヴァイオリンが奏でる音楽が生きてこない。
もし、そのどれかに心当たりがあるなら、
何かがおかしい…
何かが違う気がする…
そう感じながら指導してきたなら、
その想いを、捨てないでください。
決断は、今です。
東京都狛江市にある美しい音色・正しい音程・伝統の奏法重視の
「イワモト ヴァイオリン教室」
住所(狛江教室):〒201-0003 東京都狛江市和泉本町2-31-4メイプルビル301
営業時間 :10:30~23:30(日・月・水・木・土)
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カテゴリ: 究極のヴァイオリン奏法
