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イワモト ヴァイオリン教室のブログへようこそ。
イワモト ヴァイオリン教室では
「正しい音程」 (正確な音程)
「本格的な音色」(美しい音)でヴァイオリンを弾くための
基礎的な演奏技術を大切に指導し
一音いちおん丁寧に
各人の進捗に合わせた課題をレッスンしています。
白に戻すことの難しさ
古来より「近朱者赤(しゅにまじわればあかくなる)」と言われますが、
ヴァイオリンの世界ほどこの言葉が残酷に響く場所はありません。
私が師事し、あるいは直接薫陶を受けた世界的名奏者たち。
彼らが例外なく持っていたもの――
彼らは知っていたのです。
その汚濁を拭い去るには、想像を絶する時間と苦痛を要することを。
これは、あなたの音楽人生における「耳」の生存戦略の話です。
あなたの耳を「朱(誤った響き)」から守るために、
今、何を知り、何を選択すべきか。
その唯一の解答こそが、一音いちおんで物理的真実としての
それは、世界的名奏者
を育成したことで知られるレオポルト・アウアー。
その高弟ニコライ・シフェルブラットから
私も師事した歴史的名教師・鷲見三郎先生、鷲見四郎先生へと受け継がれた
ヴァイオリン本来の奏法なのです。
『一点』とは「細切れの音」ではない
ここで、ある種の疑問を抱く方がいるかもしれません。
「細切れの音」を意味するのでしょうか。
いいえ、それは全くの誤解です。
その個体差を超えて物理的に最も美しい響きが豊かに鳴りきる『一点』 を
峻厳に見極めることを意味します。峻厳に見極められた『一点』 から
流れ出す響きは、擦弦楽器であるヴァイオリンならではの持続音として
紡がれ続け、次の音へと向かう自然な推進力を生み出します。
それは、前の音から引き継いだ響きのエネルギーが「流動」となって
音楽に生命を与えるのです。
そしてその『一点』 から噴出する響きのエネルギーを連続させることこそが、
他なりません。
指揮者の振る拍点が、突如として現れるのではなく、
その手前のアウフタクトから必然的に導き出されるように、
「必然の帰結」なのです。
「積重難返」――「徐々に良くなる」という最大の罠
『一点』 こそが、ヴァイオリンの本来の奏法の真髄です。ところが、この
『一点』 を失わせる、最も恐ろしい罠について語らなければなりません。
「今はまだ下手だけど、徐々に改善していこう」。
この謙虚に見える姿勢こそが、実は最大の陥穽です。
「積重難返(せきちょうなんぺん)」――悪い習慣が積み重なると、
ヴァイオリンの演奏において、楽器の個体差を超えて物理的に正しく美しく
そこに中間は存在しません。
誤った『一点』 を外した音を、「練習」と称して何十回、何百回と
濁った音を「これが正解だ」と、知らぬ間に、あなたの脳に
コンクリートのように流し込み固めていくことになってしまうのです。
一度固まったコンクリートを砕き、更地に戻し、そこから正しい建物を
建て直す。その労苦は、最初から正しい設計図で建てる場合の何倍、
何十倍にもなります。
「少しずつ良くしていく」という偽りの甘い幻想を、今すぐ捨ててください。
最初の一音から、物理的真実を求め続ける峻厳な姿勢――
学習者として常に死守すべき原則
■最初の一音から、妥協しない
「物理的に正しく鳴った」を唯一の基準とする。
■一音でも濁りを感じたら、『一点』 が鳴るまで追求する
濁った音を許容することは、自分の耳の破壊である。
■「徐々に」という言い訳を排除する
濁った音を許容するのは、練習ではなく自らの耳を破壊していくことなのです。
この厳しい真実から目を逸らしてはいけません。
これは完璧主義ではありません。あなたの耳が生存できる唯一の途なのです。
チューナーという名の「耳の殺戮者」
そして、この『一点』 を聴き分けるべき耳を、完膚なきまでに破壊し尽くす
道具があります。
「多くの指導者が使っているから」「便利だから」「初心者には必要だから」
――こうした理由でチューナーを使っていませんか?
ヴァイオリンの響きで導かれるものです。勘や経験で取るものでもなければ、
チューナーに頼って取れるものでもありません。
そして、チューナーに頼る習慣は、響きを聴き分けるべき耳の息の根を
完全に止め、壊死させます。
なぜか。
一流の録音機材でさえ、ヴァイオリンの真の響きは収録できないからです。
収録できませんでした。コンサートホールで聴く音と録音で聴く音の違い
そして、ピアノや電子チューナーは、ヴァイオリンの響きに基づくもの
そこには、響きとして峻厳に見極めるべき『一点』 が含まれていないのです。
チューナーで「正しい」とされた音程は、ヴァイオリンの響きによる『一点』
とは限りません。『一点』 を外して「鳴らす」だけでは、混濁した音しか
得られないのです。チューナーで確認した音程から始めても、そこは『一点』
という響きが存在しない世界なので、耳が生きられる場所はないのです。
仮に響きを解析できる機器があったとしても、音程の取り方を習得して
いなければ、機器に盲従し続けるだけで、自ら響きを聴き分けるべき耳が
生きる余地は、どこにもないのです。その結果、演奏に際して、結局は
勘と経験に頼ることになります。
『一点』 を聴き分ける耳を養うことこそが、ヴァイオリンの練習の本質なのです。
「まず音を出してから」という倒錯
「正しい音程で弾くにしても、まずはきちんと音が出せないことには始まらない」
「音程だけ正しくても、貧弱な音では話にならない」
――これらの主張を、あなたも聞いたことがあるかもしれません。
しかし、実は論理が逆転しています。
ヴァイオリンは、物理的に正しい『一点』 を射抜いた時にこそ、
最も豊かで美しい音が響くのです。『一点』 を射抜くことこそが、
逆に、『一点』 を外して「鳴らす」だけでは、混濁した音しか得られません。
初心者であればこそ、最初の一音から『一点』 を目指すべきです。
上級者であればあるほど、常に『一点』 を峻厳に見極め続けるべきです。
「音程は後から」という考え方は、ヴァイオリンの本質を理解していない
証左に他なりません。
「網羅」という名の幻想――エチュードは薬
誤った道具と倒錯した考え方について述べてきました。
では、日々の練習には、耳の殺戮者はもう潜んでいないのでしょうか?
実は、努力という名の仮面を被った、恐ろしい耳の毒殺者が存在します。
――一見すると丁寧で、真面目な練習法に思えます。
しかし、これこそが、もっとも兇惨な耳の毒殺者なのです。
エチュードとは、あなたの「混濁した響き」や「身体の癖」を治すための
精密な処方薬です。
医師が患者の症状を正確に診断し、その病を治すための薬を一点に
絞るように、優れた指導者は、学習者の「今、この時点」を救うための
課題を選びます。
「色々与えれば効果がある」として、薬棚の薬を端から順に
すべて飲ませる医師を、あなたは信頼できるでしょうか?
それは、もはや医師などではなく、あなたの耳を壊死させる毒殺者に他なりません。
診断なき「網羅」は、学習者の集中力を散漫にし、注意力を破壊します。
そして、最も恐ろしいことに――気づかぬうちに耳を死へと導くのです。
一つひとつの音に対する峻厳さを失わせ、「とにかく弾き通した」という
達成感だけが残る。
あなた自身に問いかけてください。
ただ「やり遂げた」という虚しい満足感だけが残っていませんか?
何となく指がよく動くようになったことが上達だと思っていませんか?
「耳の破壊」に費やされているだけなのです。
耳の「死」を招く環境からの脱出
教えられているなら…
もしあなたが、音程は勘と経験でと教えられているなら…
もしあなたが、エチュードを何回も弾き通させられているなら…
もしあなたの学習環境で、そうした行為が一つでも推奨されているなら、
その環境は『一点』 を聴き分ける耳を育てる場所ではないのです。
その環境は、いかにも微細な聴き分けをさせているようで、実は
表面的な奏法の差異や周辺的な物ごとによる些末な変化に一喜一憂させ、
あなたが気づかぬ間に貴重な時間と大切な耳の能力を、「音楽」という名のもとに
底知れぬ深海で静かに奪い続ける「偽りの竜宮城」なのです。
あなたは閉じ込められているのではありません。そこに安住しているのです。
その「居心地の良さ」こそが、真の奏法からあなたを隔絶する
最大の桎梏であることに気づかなければなりません。
そこで、あなたの耳は既に「朱」に染まり始め、「死」への葬列を
歩まされているのです。
そこは、あなたの耳が死んでいく場所でしかないのです。
チューナーを捨てる勇気を持ってください。
音源は鑑賞するものであって、それを繰り返し聴いても『一点』 は
聴こえてきません。
なのです。
ヴァイオリンの響きで『一点』 を見極める本来の奏法を学んでください。
それこそが、あなたの耳を守り、育てる唯一の道なのです。
一刻も早く、決断を
「近朱者赤」――あなたの耳は、あなたが日々触れる音によって形成されます。
「積重難返」――一度染まった耳を白紙に戻すことは、
想像を絶する困難さです。
もしあなたが今、以下のような違和感を抱いているなら
「名手の音程が一様に正しいのは、何か方法があるのではないか」
「なぜ、自分の音は、美しく豊かに鳴り響かないのか」
「自分はただ、弾き散らかしているだけではないのか」
「このまま続けていて、本当に大丈夫なのか」
その直感こそが、あなたの耳を守ろうとする最後の防衛本能です。
無視しないでください。誤魔化さないでください。
『一点』 を聴き分ける耳さえ手に入れれば、運弓も、ビブラートも、
表現も、すべては自ずと一つの響きへと収束していきます。
一度その響きを耳が覚えた瞬間、霧が晴れるようにすべてが繋がり、
昨日までの苦行が、心地よい響きの探求へと嘘のように変わるのです。
当教室には、上級者、音大生、プロ奏者、指導者の方々も通われています。
(詳しくは『初心者から音大生・演奏者まで』のページをご覧ください)
長年の経験があっても、「何かが違う」という違和感の正体
――それが『一点』なのです。
今からでも遅くはありません。
その峻厳な、しかし最も誠実な道こそが、あなたの音楽人生を
真に豊かにする唯一の鍵です。
決断は、今です。
東京都狛江市にある美しい音色・正しい音程・伝統の奏法重視の
「イワモト ヴァイオリン教室」
住所(狛江教室):〒201-0003 東京都狛江市和泉本町2-31-4メイプルビル301
営業時間 :10:30~23:30(日・月・水・木・土)
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カテゴリ: 究極のヴァイオリン奏法
