楽器が鳴り変わる――『一点』が導く、ヴァイオリンと弓の真の響き

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 イワモト ヴァイオリン教室では
 「正しい音程」 (正確音程
 「本格的な音色」(美しい音)でヴァイオリンを弾くための
 基礎的な演奏技術を大切に指導
 一音いちおん丁寧に
 各人の進捗に合わせた課題をレッスンしています

一点から放射状に広がるレーザー光。アウアー直系の奏法が伝える『一点』を射抜いたとき、ヴァイオリンが鳴りきるイメージ

『一点』とは何か

 ヴァイオリンという楽器には、多くの人が知らない物理的真実があります。

 

 それは、個体差を超えて、最も美しい響きが豊かに鳴りきる点――

 『一点』の存在です

 

 そして『一点』を射抜くとは、細切れの音を出すことではありません。

 峻厳に見極められた『一点』から流れ出す響きは、擦弦楽器である

 ヴァイオリンならではの持続音として紡がれ続け、次の音へと向かう

 自然な推進力を生み出します。それは前の音から引き継いだ響き

 エネルギーが「流動」となって、音楽に生命を与えるのです

 そしてその『一点』から噴出する響きのエネルギーを連続させることこそが、

 ヴァイオリンの真の響きをホールじゅうに満たす、本来奏法に他なりません。

 

 そして、この『一点』ヴァイオリン響きよってのみ見極められるものです

 チューナーが測定できる単純な周波数ではなく楽器全体が共鳴し、倍音が豊かに

 響き合う複雑な物理現象――それが『一点』だからです

 チューナー『一点』を指せません。ピアノの鍵盤は『一点』を鳴らせません。

 録音された音源からは、録音技術の限界ゆえに『一点』響きは聴こえてきません。

 『一点』は、ヴァイオリンという楽器が発する生きた響きの中にのみ、

 存在するのです

 

 指揮者の振る拍点が突如として現れるのではなく、その手前のアウフタクトから

 必然的に導き出されるようにヴァイオリン『一点』もまた、そこにあるべくして

 存在する「必然の帰結」です

 

 それゆえ、『一点』を外した音には、次の音への推進力が生まれません。

 響きのエネルギーが途絶え、音楽は流動を失います

 チューナーが示す「正しい音程」と、楽器が共鳴しきる『一点』は、全く別物です

 『一点』を外していれば、混濁した響きしか得られないのです

 

この奏法の系譜と、一つの問い

 この『一点』を核とする奏法には、明確な系譜があります。

 ヤッシャ・ハイフェッツミッシャ・エルマンナタン・ミルシテインらを育成

 したことで知られるレオポルト・アウアー。その高弟がニコライ・シフェルブラット

 です。そのシフェルブラット先生の鷲見四郎先生への指導を傍らで見続けることで

 歴史的名教師となったのが鷲見三郎先生であり、三郎先生の薫陶を受け、日本音楽

 コンクールで初代・第二代連続優勝を果たしたのが鷲見四郎先生です。

 私は鷲見三郎先生・四郎先生の両先生に師事し、とりわけ四郎先生のもとでは

 13年にわたって研鑽を積みました。

 

 その『一点』の実例として、一つの問いをご紹介します。

 

 ヴァイオリンの「シ」の音程は、何種類あるかご存じですか。

 答えは5種類です

 そして、鷲見四郎先生が日本音楽コンクール初代優勝の際に演奏された

 メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏ホ短調、その冒頭の「シ」は、

 5種類のうちのどれで弾くべきか――私自身、四郎先生のもとで、

 この「シ」の音程『一点』による5種類の弾き分けだけでも、

 数時間にわたる指導受けました。

 

 もしあなたに今ヴァイオリン先生がいるならば、こう尋ねてみてください。

 「メンコン冒頭の「シ」は、5種類ある「シ」の音程のうち、どれで弾けば

 いいのですか」と。

 

 この問いへの答えの中に、あなたの先生『一点』を知っているかどうかが、

 明確に現れます。

 「5種類などない」「1種類だ」「考えたことがない」――もしそうであれば、

 その先生教室では、『一点』が教えられることは、決してありません。

 それは先生の誠実さや熱心さとは別の問題です

 その先生自身が『一点』を知らずに育ち、『一点』を知らずに指導者になった。

 そして、その先生指導する学習者の耳もまた同じ道へと導かれ、

 その学習者がやがて指導者になるとき、その耳のまま指導を始める。

 こうした連鎖は、世代を超えて静かに続いていくのです

 

 『一点』を峻厳に見極める本来指導には非常なる手間暇と、指導する側の

 圧倒的な耳の能力が必要であるため、学習者の急増によって、それが必ずしも

 教え学ばれなくなってしまいました。

 音楽大学においてさえ、この奏法は教えられなくなり、その結果、音楽大学を

 出ていても、プロとして活動していても、『一点』知らないまま指導者になる

 方が少なくないのです。

 

「作業」ではなく演奏」へ

 チューナー音程確認しながら練習する。

 エチュードを全巻最初から最後まで弾き通すことを課す。

 

 一見すると真摯な取り組みに見えるこれらの行為には、

 一つの共通した問題があります。

 ヴァイオリンという楽器が物理法則として持つ

 『一点』を、耳で聴き分ける力を、一切育てないということです

 

 チューナー『一点』を指せません。チューナーで「正しい」とされた音程

 あっても、そこに『一点』という響きは存在しません。チューナーに頼る習慣は、

 『一点』響きを聴き分けるべき耳の力を、確実に奪っていくのです

 

 エチュードとは、指導者という医師が学習者という患者の症状を正確に診断し、

 その病を治すために、課題を厳選して処方する薬です。薬棚の薬を端から順番に

 すべて飲ませる医師を、あなたは信頼できるでしょうか。診断なき網羅は、

 学習者の集中力を散漫にし、注意力を破壊します。一つひとつの音に対する

 峻厳さを失わせ、「とにかく弾き通した」という達成感だけが残る。

 そして、気づかぬうちに、『一点』を外した混濁した音を何百回と繰り返し

 脳に刻み込み、耳はやがてその力を失っていくのです

 

 そうした指導を受けたまま指導者になった方は、チューナーを使わせること

 正しい音程指導だと信じ、エチュードを弾き通させること上達への道だと

 信じて疑いません。

 なぜなら、自らもそのように指導されてきたからです

 その指導者自身の耳が、すでにその力を失っているのです

 些末な音の変化や表面的な弾き方の差異にのみ翻弄され、

 それを指導と称し、弾き熟す(こなす)こと上達と勘違いさせているのです

 そこでは『一点』を射抜くことのない、混濁した音が鳴っているだけなのです

 

 『一点』が見極められない耳では、ヴァイオリンをただ弾き散らかす「作業」に

 なるだけです

 

 ヴァイオリン奏でるということは、本来楽器の個体差を超えて物理的に

 最も美しい音が豊かに鳴りきる『一点』を峻厳に見極め、その響きのエネルギーを

 一音いちおん紡ぎ続けることです。それこそがヴァイオリンの「演奏」であり、

 その『一点』を希求することこそが、ヴァイオリン本来指導であり、演奏の本質

 なのです

 

「鳴っていない」がわかる

 コンクール入賞により、優良な銘器を貸与されていた生徒さんがいます

 当教室に移られて一定期間、『一点』を峻厳に見極める奏法を学ぶ中で、

 楽器の選び直しをすることになりました。

 

 その時、私が助言しつつ生徒さん自身が選び取り、私もそれを最良と確信した楽器

 貸与されていた銘器よりも、市場価格において遥かに安価なものでした。

 さらにその時点では、必ずしもよく響く楽器ではありませんでした。

 

 なぜその楽器を選んだのか。

 

 生徒さんがその音を気に入ったからということだけではありません。

 私が「現時点ではこの楽器は鳴っていない。しかし、正しく弾き込むことにより、

 貸与されていた銘器よりもよく響くようになる」という確信を持てたからです

 

 数か月でもなく、数週間でもなく、わずか数日――正しく弾いた結果、

 響きが豊かになり、やがては貸与されていた銘器よりも、美しく、豊かな響き

 朗々と鳴るようになりました。

 

 これは、『一点』を峻厳に見極める弾き方で練習し、弾き込んだ結果に

 他なりません。

 ただ鳴らすことが目的ではありません。それでは混濁した音しか得られません。

 『一点』を射抜くことによって、その楽器が持つ最も美しい響き

 豊かに鳴りきる――それこそが目指すべき姿であり、その結果として

 楽器は鳴り変わったのです

 

 なぜ私は「この楽器は鳴り変わる」という確信が持てたのか。

 それは、私に聴こえていたのは、その楽器の「今の音」ではありません。

 『一点』を射抜いたとき、この楽器が必然として鳴らすはずの音でした。

 逆に言えば、この耳を持たない限り、楽器の真の可能性は見えません。

 『一点』を射抜く耳を持たないと、高価な銘器の「格」に目を奪われるだけで、

 それ以外の、より可能性を秘めた楽器に気づくことができないのです

 

正因正果――『一点』の会得が、価格の次元を超えた選択を導く

 当教室には、趣味で習う一般の方だけではなくプロ奏者の方、指導者の方

 (ヴァイオリン先生)も習いに来られています

 

 そうした方々が、当教室の発表会で生徒さんたちの響きを聴いたとき、

 一様に驚かれます。

 それは『一点』を射抜く奏法よって楽器と弓が本来持つ

 豊かで美しい響きを余すところなくしていることへの驚きです

 

 「正因正果」――正しい因を積み重ねれば、正しい果が現れる。

 

 楽器と弓の良否は、価格や銘柄にあるのではありません。

 『一点』を射抜く奏法と結びついたときにこそ、その楽器は個体差を超えて物理的に

 最も美しい響きを豊かに鳴りきらせるのです

 逆もまた然りです『一点』を聴き分ける耳なき者の手にあっては、いかなる銘器も

 いかなる銘弓も、その最も美しい響きを封じられたままになります。

 

 加えて、楽器と弓の選定は、その指導者の耳の質をそのまま映し出します。

 『一点』を聴き分ける耳なき者による選定では、真の意味での適品は選べません。

 

響きは、嘘をつかない――『一点』が導いた、四つの出来事

 『一点』を峻厳に見極め続けると、楽器と弓を選ぶ耳もまた育ちます。

 その選択は楽器と弓に留まりません。松脂、弦、顎当て肩当て、あらゆるパーツの

 選択までが、『一点』を射抜く奏法にとって何が最善かという耳の問いによって

 変わっていくのです

 

 そしてヴァイオリン本来奏法である『一点』をもっとも効果的に引き出せる

 という観点で私が楽器と弓を選ぶとき、その選択の結果として何が起きたか。

 

 第一の出来事――当教室に新しく来られた、趣味でヴァイオリン習っている方が、

 響きによる『一点』の判別がどうしても難しいとのことで、私がお勧めする

 楽器と弓に買い替えたところ、楽器が美しく豊かに響くようになるとともに、

 『一点』が非常に判別しやすくなりました。

 その楽器と弓の価格は、以前のものの数分の一以下でした。

 

 第二の出来事――当教室に通われている指導者ヴァイオリン先生)の教え子が、

 私が選定した楽器と弓で音大受験に挑み、日本最高峰と評される音楽大学に合格した

 とき、周囲の誰もその楽器と弓の価格を信じませんでした。

 

 第三の出来事――同じく当教室に通われている別の指導者の教え子が、

 同様に私が選定した楽器と弓で、海外の著名な音楽大学に留学した際、

 その大学の教授たちが一様に「どこで入手できるのか」と、驚きをもって

 尋ねてきたそうです

 

 第四の出来事――プロ奏者の方に、私がお勧めする楽器と弓の価格をお伝えすると、

 「なるほど。けれども今は円安ですから…」と躊躇われました。ドルでの価格と

 お思いになったからです。円での価格、つまり想定された金額の百分の一以下である

 と知ると、しばし言葉を失われました。そしてお勧めした楽器と弓を購入された後、

 そのプロ奏者自身の生徒さんたちから「先生の音が素敵」と絶賛されるようになり、

 プロ仲間も驚嘆するほどになりました。

 

 しかし、これらは楽器と弓を選ぶ話ではありません。『一点』を見極める話です

 

 ヴァイオリン楽器と弓は、『一点』という耳の土台があってこそ、

 その真価を発揮します。

 その土台なき者が選び手にしたヴァイオリンと弓からは、真の美しい響き

 決して生まれることなく、鳴らせているつもりでも、結局それは

 『一点』を外した混濁した音を弾きちらかしているだけなのです

 

 『一点』を聴き分けるという本質的な課題に真摯に向き合い、その奏法を会得した

 者のみが、価格という物差しでは到底測りえない美しく豊かな響きを生み出す

 楽器と弓を手に入れ、奏でることができるのです

 

耳が育つとき、楽器と弓の響きが変わる

 当教室の生徒さんのコンクール関係の伴奏をお願いしているピアニストがいます

 リストの超絶技巧練習演奏動画をネット上に多数公開するほどの腕利きの方

 ですが、あるとき、こう話してくれました。

 「ある演奏会後のアンケートに、私の演奏を表現するには、会場のピアノの能力が

  足りていないのではないか、と記されたものがありました。ある意味で私の演奏

  高く評価してくれてはいるものの、その会場のピアノの特性を最大限に活かし

  きれていなかったという点では、私はまだまだだと思いました」と。

 

 会場に備え付けの楽器演奏することがほとんどであるピアニストならではの

 この言葉は、自身の楽器奏でることがほとんどであるヴァイオリン弾きにとって、

 猛省させられるものでした。

 手にしている楽器と弓の特性を最大限に引き出すことできているか。

 手持ちの楽器と弓で常に『一点』を射抜き続けられているか。

 改めて問われる思いがしました。

 

 では、その力はいかにして育つのか。

 

 『一点』を射抜き続ける指導のもとで、一音いちおん、学び奏で続けること

 正しい奏法の積み重ねは、耳に確かな財産をもたらします。

 それはやがて技術習得を超え、楽器と弓そのものの可能性を見通す耳へと変わって

 いきます。楽器と弓の選択は、その耳が育った「結果」として現れるものです

 

 チューナーに頼り、とりあえず弾き通し、徐々に良くすればいいと考えている間、

 耳にその力は育ちません。そしてその耳では、楽器と弓の真の可能性は聴けません。

 価格やブランド、あるいは『一点』を聴き分けることのない表面的な響きの違い

 だけが判断の拠り所になり続け、本物響きへと辿り着くこと決して叶わない

 のです。それどころか、真に優れた楽器と弓を選び取ることさえできないのです

 

 一方、『一点』を峻厳に見極め続けた耳には、楽器と弓が別の顔を持って現れます。

 今この時点で鳴っているかどうかではなく、正しく弾き込んだとき、この楽器と弓で

 どう鳴らしきれるか?結局は鳴らないのか?その未来の響きまでもが、聴こえて

 くるのです

 

 どれほど高価で有名な楽器や弓であっても、『一点』を聴き分ける耳を持たぬ者が

 選び、手にしたものにおいては、物理的に最も美しい響きが鳴りきること

 決してありません。

 そもそも、同じ銘柄の楽器や弓であっても個体差は大きく、『一点』を聴き分ける

 耳なき者には、その中から真に優れたものを選び取ることができません。

 つまり、そうした者が選び手にしたものが、真に優れたものである保証は

 どこにもなく、むしろ優れていない可能性の方が高いのです

 

 そこにあるのは、本来響きを封じられた、混濁した音の塊に過ぎないのです

 

 まず問うべきことがあります。

 今の楽器と弓で、本当『一点』こそを鳴らし続けられていますか。

 

決断は、今です

 当教室には、趣味で学ばれる方から、音大生、プロ奏者、指導者の方々まで

 通われています。

(詳しくは『初心者から音大生・演奏者まで』のページをご覧ください)

 長年の経験を持ちながら「何かが違う」という違和感を抱いておられる方も、

 はじめの一音から正しい道を歩みたいという志の方も、

 『一点』を射抜くヴァイオリン本来奏法の追求の中で、自らの耳が生まれ変わる

 瞬間を経験されています

 

 『一点』を聴き分ける耳さえ手に入れれば、運弓も、ビブラートも、表現も、

 すべては自ずと一つの響きへと収束していきます。

 一度その響きを耳が覚えた瞬間、霧が晴れるようにすべてが繋がり、

 昨日までの苦行が、心地よい響きの探求へと嘘のように変わるのです

 

 「もっと早く、この本来奏法を知りたかった」

 「これまでの何年間は、一体何だったのか」

 

 そう口にされる方も少なくありません。

 しかし同時に、「今からでも遅くない」「ここから本当の音楽が始まる」と、

 希望を持って学び直されています

 

 決断は、今です。

ご希望の曜日・時間帯の空き状況は↓でも確認できます

 東京都狛江市にある美しい音色・正しい音程・伝統の奏法重視の

 「イワモト ヴァイオリン教室」

 住所(狛江教室):〒201-0003 東京都狛江市和泉本町2-31-4メイプルビル301

 営業時間    :10:30~23:30(日・月・水・木・土)

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