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イワモト ヴァイオリン教室のブログへようこそ。
イワモト ヴァイオリン教室では
「正しい音程」 (正確な音程)
「本格的な音色」(美しい音)でヴァイオリンを弾くための
基礎的な演奏技術を大切に指導し
一音いちおん丁寧に
各人の進捗に合わせた課題をレッスンしています。
なぜ、同じ注意が繰り返されるのか
弾き通せるようにはなっていく。
しかし、同じ箇所はいつまでも曖昧なままで外れたままです。
「もっと高く」
「もっと低く」
「もっと聴いて」
「もう一回」
ヴァイオリンの指導者であれば、この繰り返しを知らない方はいないはずです。
そのたびにこう考えてしまう。
「まだちゃんと聴けていない」
「練習不足だ」
「才能の問題かもしれない」
あるいは、同じ注意を繰り返すうちに、「弾いていればそのうち直るだろう」と、
いつの間にかそのまま弾き進めてしまっている。
そして、翌週も、その次も、弾き通せるようにはなっていくものの、
同じ箇所は曖昧なままで外れ続け、ヴァイオリンらしい、美しい響きが
生まれません。
「もっと…」――指導の言葉が届かない理由
しかし、何をどう聴けばよいのかは、示していません。
基準が示されないまま「聴け」と言われても、生徒には判断の拠り所がありません。
「もっと高く」
「もっと低く」
「もっと力を抜いて」
「もっと弓を使って」
「もっと姿勢を正して」
「もっと聴いて」
そうした言葉だけが繰り返され、何を基準にするのかは示されないままです。
言われるほどに力み、音が荒れ、姿勢が固まる。やがて身体の不調を招く。
身体が間違っているのではありません。基準が存在していないのです。
そのため、弾き通せるようになっても、同じ箇所は曖昧なままで外れ続け、
エチュードも、明確な基準に基づかずに弾き進めれば、それは弾き熟す(こなす)
だけの作業になってしまいます。
しかし翌週には、また同じ箇所は曖昧なままで外れ続け、
難しい曲だけではなく、単純な音形であっても、明確な基準に基づき確実に音を
取り続けなければ、それはただ「何となく弾き通す」ことになっていきます。
その結果、生徒には「何となく合った気がする」という曖昧な感覚だけが
積み重なっていきます。
そして「続けていればそのうち直るだろう」と、そのまま先に進めてしまいます。
しかし、基準がないまま繰り返せば、音程は安定するどころか、
曖昧さそのものが身体に刻み込まれていきます。
その曖昧さはさらに深く刻まれていきます。
そしてその繰り返しの先に残るのは、「まあ、こんなものか……」という絶望です。
「正しい」は、問われてきたか
私たちは日常でも、ほとんど問われることなく受け継がれている言葉があります。
魚のお刺身は、なぜ「刺し身」と呼ばれるのか。
ヴァイオリン指導における「正しい」も、同じことが起きています。
問われなかった、ということすら、気づかれないまま。
しかし
何をもって「正しい」のか。
何をもって「良い」のか。
何をもって「自然」なのか。
その根拠を示せる言葉は、指導現場のどこにも見当たりません。
根拠を問われないまま、「正しい」とされる指導が何年も繰り返されてきました。
生徒側ではなく、指導側の「基準」そのものに問題があるのかもしれません。
そしてその「基準」とは何か――それ自体が、ほとんど問われることなく
基準の正体――『一点』
ヴァイオリンには、楽器の個体差を超えて全体が共鳴し、倍音が豊かに鳴りきる
『一点』は、単音の周波数の高低でも、音を区切るための点でもありません。
拍や時間上の一点でもなく、音が最も豊かに鳴りきることで次の音へと流れを生む、
ヴァイオリンという楽器全体が鳴りきる複合的な物理現象であり、
「正しい姿勢」――これらはすべて、『一点』を求めた結果として
整うものです。
結果として現れる形を求めても、その源泉である『一点』がなければ、
形は定着しません。
これは指導者個人の問題ではなく、『一点』という基準そのものが
共有されてこなかったという、構造の問題です。
その数値の外側に、ヴァイオリンが本当に鳴りきる瞬間があります。
直接指し示すことはできません。
『一点』の系譜――耳から耳へ
ハイフェッツ、ミルシテインらを育成したレオポルト・アウアー。
その高弟ニコライ・シフェルブラットに師事したのが鷲見四郎先生。
その指導を傍らで見続け、歴史的名教師となったのが鷲見三郎先生。
私はその両先生に師事し、特に四郎先生のもとでは13年にわたって
研鑽を積みました。
ヴァイオリン協奏曲冒頭の「シ」の音に存在する5種類の『一点』
の弾き分けだけで、数時間に及ぶことがありました。
一音いちおんの中にそれだけの世界があります。
「○○に師事」という一行は、プロフィールに容易に記載できます。
しかし「名前を受け取ること」と「音を受け取ること」は、別のことです。
『一点』は、文字にも、録音にも、動画にも残せません。
あなたの生徒は、もっと伸びる
当教室には、趣味で学ばれる方から、音大生、プロ奏者、指導者(ヴァイオリン
の先生)まで通われています。
(詳しくは『初心者から音大生・演奏者まで』のページをご覧ください)
指導者が他の教室に習いに行くことは、通常ありません。
それでも来るのは、ここでしか得られないものがあるからです。
「何かが違う」という感覚を長年抱えながら指導を続けてきた。
弾き熟す(こなす)ことで、外れが目立たなくなることはあります。
しかしそれは、曖昧さが固まっただけに過ぎません。
『一点』を耳で確かめた指導者に、共通して起きることがあります。
毎週繰り返し崩れていた音程も、『一点』を基準として耳で峻別し
そのとき音は、自然に音楽として流れ始めます。
ポジション移動も安定し、ビブラートも自然に豊かになっていきます。
それはあなたの生徒一人ひとりの音楽人生を、直接変えることです。
『一点』という根拠を手にしたとき、あなたは初めて生徒の音に対して
決断は、今です。
東京都狛江市にある美しい音色・正しい音程・伝統の奏法重視の
「イワモト ヴァイオリン教室」
住所(狛江教室):〒201-0003 東京都狛江市和泉本町2-31-4メイプルビル301
営業時間 :10:30~23:30(日・月・水・木・土)
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カテゴリ: 究極のヴァイオリン奏法
