ヴァイオリンの上達――先生も通う教室

モバイルでは端末を横長にしてご覧ください)

(iPhoneなどで端末を横長にして画面の左側にブックマークなどの表示が出る場合は

  画面最上部のアドレスバーの左側の青くなっているブック(本)のマークのアイコンをクリックすると消えます)

 イワモト ヴァイオリン教室のブログへようこそ。

 イワモト ヴァイオリン教室では
 「正しい音程」 (正確音程
 「本格的な音色」(美しい音)でヴァイオリンを弾くための
 基礎的な演奏技術を大切に指導
 一音いちおん丁寧に
 各人の進捗に合わせた課題をレッスンしています

食品サンプルのパフェ。本物と見紛う精巧な出来栄えだが食べられない偽物であるように、権威ある肩書や多数派の指導法も、ヴァイオリン本来の奏法を保証するものではない。

「良い先生」という名の、盲点

 「もっと上達したい。しかし、なぜか期待しているほど上達しない」

 「自分の練習が足りないからだ」

 「才能がないのかもしれない」

 ――誠実であればあるほど、原因を自分の中に求めてしまいます

 

 「良い先生習っているはずなのに、あまり上達しない」――そう思い込み、

 期待しているほど上達しない原因は自分であって、先生だと考えることは、

 まずありません。

 そもそも、良い先生習っているお陰で、順調に上達できていると信じています

 その誠実さは、美しいものです

 

 しかしまさにその誠実さが、さらなる上達を見失わせているとしたら。

 そして期待ほど上達しない原因は、あなた自身ではなく指導者だとしたら。

 

 この記事は、そのことをはじめて疑う勇気のある方のために書かれています

 その疑問の先に、これまでとはまったく異なる響きが、必ず待っています

 

肩書は、指導の内実を保証しない

 音楽大学を卒業していること

 権威ある師事歴をプロフィールに持つこと

 指導者協会の推薦を受けていること

 コンクールで受賞した生徒を持つこと

 プロ演奏者として活動していること

 プロのオーケストラの団員であること

 

 これらはすべて、ある種の優秀さの証明ではあります。

 しかしそれは、ヴァイオリン本来奏法を知り、教えられること

 必ずしも保証するものではないのです

 実はプロとして活動していながら、ヴァイオリン本来奏法知らないこと

 あるのです

 本来奏法を知らなくても、それに似せて弾くことはできてしまいます。

 しかしそれは、楽器本来響きを引き出しているのではなく

 響きを置き去りにしたまま音を出しているに過ぎません。

 これは、にわかには信じがたいことかもしれません。

 しかしその原因は、個人の能力ではなく、構造そのものにあります。

 そしてその構造の問題は、さらに根深いところにあります。

 誤った指導は、しばしば誠実な指導の顔をしています

 

正しく見える指導の落とし穴

 チューナー音程を管理する指導は、正確さへの配慮に見えます。

 しかしチューナーが測れるのは音の高低という一次元の数値だけです

 ヴァイオリン音程の正しさは、その数値の外側にある、楽器全体の響きの中に

 あります。

 チューナーはその響きを捉えることができません。

 チューナーに頼り続けることで、ヴァイオリン響きに基づく音程の正しさを、

 学ぶ機会そのものが失われていきます。

 ヴァイオリンという楽器が個体差を超えて全体で共鳴し、最も豊かに鳴りきる場所

 ――それが『一点』です

 最新のチューナーでも周波数という一次元の測定に過ぎず、この『一点』

 測れません。ピアノの鍵盤は『一点』を鳴らせません。録音された音源からは、

 録音技術の限界ゆえに『一点』響きは聴こえてきません。

 『一点』を見極められるのは、その場で鳴っているヴァイオリン響き聴く

 だけです

 当教室には、他の教室では得られないものを求めて、複数の指導者ヴァイオリン

 先生)が習いに来ています。

 そのうちのお一人が、ご自身の教室の生徒さんについて、こう話してくれました。

 「チューナー音程を取り続けた生徒のヴァイオリンからは、チューナーのような

  音がする」

 「ピアノ音程を取り続けた生徒のヴァイオリンからは、ピアノのような音がする」

 ヴァイオリンではない音を基準として練習した結果、ヴァイオリンとしての響き

 そのものが、置き去りにされてしまったということです

 そもそもチューナーが測れるのは、単音の高低という一次元の数値だけで、

 ヴァイオリン響きそしてそれが個体差を超えて楽器全体を鳴らしきる

 『一点』は計測できません。

 さらに重音響きは、チューナーでは測ることができません。

 チューナーだけを頼りに練習を重ねた結果、単音はともかく重音では聴くに堪えない

 音程になってしまっている――そのような惨憺たる演奏が、コンクールにおいてすら

 少なくないのです。もはや重音ではなく、ただ2つの音が鳴っているだけです。

 重音練習が足りないのではなく重音としての響きを習ったことがないために

 起きていることなのです

 弾いている本人も、指導する側も、その問題に気づいていないです

 測れるものだけを基準にした結果、測れないもの――ヴァイオリン楽器としての

 響きそのものが、置き去りにされているのです

 

 エチュードには、全を網羅することで初めて意味をなすという考え方があります。

 しかしそれは、エチュードの本質を見誤っていますエチュードの各は、それぞれ

 異なる技術的課題を持っています。しかし学習者が今まさに必要している課題は、

 その学習者によって異なります。指導者が学習者に必要な課題を見極めて課すこと

 なくを順番に弾き通させるのは、必要な薬も不要な薬も区別なく飲み続けさせる

 ことと同じです。全曲を弾き通すことで学習者の集中力は散漫になり、一音いちおん

 に対する峻厳さが失われていきます。その結果、『一点』を見極める耳が育たないの

 です

 課題の選別こそが、指導者が学習者に示すべき責務であり、レッスンの要なのです

 必要な課題を峻厳に、一音いちおんと向き合いながら弾き紡ぐことは、

 全を繰り返し弾き通すことより、はるかに多くを学習者にもたらします。

 

 また、とりあえず弾き通してから音程音色を後から直せばよいという考え方も

 あります。しかしこれも順序が逆です。誤った音程を繰り返し脳と身体に刻み込んだ

 後からの修正は、刻み込まれればこまれるほど困難になります。最初の一音から

 『一点』としての正しい響きを求め続けることこそが、上達への唯一の近道なの

 です

 

 そして、実はここに重大な問題があります。

 その指導者自身が、そうした、チューナーを使い、エチュードを弾き通させ、

 音程は後から直せばよいという指導受けてきてしまったために、

 そうした指導正しいと信じて疑わないのです

 その結果、些末な音の変化や表面的な弾き方の差異を指摘すること指導と称し、

 弾き熟す(こなす)こと上達と勘違いさせてしまう。

 『一点』知らないまま指導者となり、誤りと知らぬまま誠実に指導する。

 学習者はその誤りに気づけない。その連鎖が、世代を超えて続いています

 

 これは誠実さや熱心さとは、まったく別の問題です

 むしろ、誠実な指導者こそ、そうした誤った指導をしてしまい、

 さらに、熱心な学習者こそ、そうした誤った学習をしてしまうのです

 

「普通」の中に埋もれた『一点』

 『一点』は、岩本浩一が独自に提唱する概念ではありません。

 『一点』は現代では「普通」のなかに埋もれてしまっている、

 ヴァイオリン本来の奏法なのです。

 ヤッシャ・ハイフェッツミッシャ・エルマンナタン・ミルシテインらを育成した

 レオポルト・アウアー、その高弟ニコライ・シフェルブラット、シフェルブラットに

 師事した鷲見四郎先生。そして傍らでその指導を見続けることで歴史的名教師と

 なった鷲見三郎先生へと受け継がれてきた、明確な系譜を持つ奏法の核心です。

 私(岩本浩一)は、鷲見三郎・四郎両先生に師事し、とりわけ四郎先生のもとでは

 13年にわたって研鑽を積みました。

 

 広く行われているかどうかと、ヴァイオリンという楽器の構造に適合するかどうかは

 まったく別の問題です

 300年以上にわたって弾き継がれてきたこの奏法が、現代では「普通」の声の中に

 埋もれてしまっている。それが今日の問題の本質です

 『一点』は観念ではありません。実際の音として、確認可能な現象です

 ただしそれは、正しい指導のもとで耳を育てた者にのみ、聴ける現象です

 

 そして今日では、もう一つの「権威」が加わっています

 それは、市販のハウツー本に書かれていること

 さらに、ネットで検索してみて多くの指導者が口をそろえて言っていること

 ――これらが「正しい指導の証明」として受け取られてしまう現実です

 「定番を守ること」「普通を外さないこと」――それは一見、堅実な判断に

 見えます。

 しかし、慣習であることと、正しいこととは、別の問題です

 多数派であることは、正しさの証明ではありません。

 なかには「ヴァイオリン正しい音程など存在しない」という主張もあります。

 しかしそれは、正しい音程を見極める基準を知らないがゆえの結論です

 『一点』 は物理法則として存在します。正しい音程が「ない」のではなく

 それを示せる指導者が「いないことが、問題の本質なのです

 市販のハウツー本を読み、他の指導者による解説動画を集め、

 ネット上で定説とされている情報を渉猟する――その誠実な努力が、

 かえって「普通」の声を深く刷り込んでしまうことがあります。

 ヴァイオリン本来奏法としての『一点』は、そうした「普通」の声の中に、

 深く埋もれてしまっているのです

 

 その実例があります。

 著名な音階教本の著者である有名教授のもとで研鑽を積んだ

 プロ奏者で指導者の方が当教室を訪ねてこられました。

 そのような教授のもとでさえ、ヴァイオリン音程の取り方について具体的かつ

 効果的な方法を、ついに示してもらえなかった――そう打ち明けてくださいました。

 その答えを求めて各所を訪ね歩くなかで、当教室に辿り着かれました。

 長年抱えてきた疑問に、ここではじめて答えが見つかった――それが『一点』を軸と

 した指導であり、ヴァイオリン音程の取り方がはじめて明確になったそうです。

 その手応えから、その方は今も当教室で研鑽を続けています

 

 別の実例もあります。世界的に著名な指導者の直弟子に師事しながらも、

 その指導に疑問を抱き続けていた方がいます。

 そうしたなか、私のサイトの

 『Scales by Simon Fischer』のページで掲げた

 Scales by Simon Fischer(サイモン・フィッシャー/スケールズ)の

 How to tune each note of the scaleの一覧表に

 「導音は高めに」ということで↑(上向きの矢印)が示されています

 それはその音程の方向性だけで、どこで確定するのかは、示されていません。

サイモン・フィッシャー著『Scales』より「How to tune each note of the scale」の一覧表。各音の音程の方向性が矢印で示されているが、どこで音程が確定するかは示されていない。

 (上掲の画像はHow to tune each note of the scaleの一部です

 しかし『一点』という概念においては、その疑問にも明確な答えが与えられる

 ――そのことに惹かれて当教室を訪ねてこられました。

 そして実際のレッスンが、その期待を大きく上回るものだと言っていただいて

 います

 

音程の追求が、すべての演奏技術を急速に上達させる

 当教室に来られた方の多くが、最初は「音程を正しくしたい」という動機で

 お越しになります。

 しかし実際のレッスンが始まると、ほぼ例外なく、驚きの声をいただきます。

  「音程の取り方だけでなく、運弓も、ポジション移動も、ビブラートも、音色も、

  音楽表現も――すべてが同時に、しかも急速に変わっていく」

 そうしたことから、あるとき、専門的な知見を持つ生徒さんから

 「先生指導は、音程にとどまらない。しかしそれが伝わっていない」と

 指摘されたことがあります。

 

 その指摘は的確だと思われるかもしれません。

 しかし、一音いちおん響きを峻厳に追い求める指導は、音程の範疇に留まるもの

 ではないからこそ、そうしたヴァイオリンのあらゆる演奏技術の急速な上達

 もたらすのです

  では、なぜ正しい音程を求め続けるだけで、これほど多くの技術が同時に急速に

 変わるのか。

 その答えは、ヴァイオリンという楽器の構造そのものの中にあります。

 

 ヴァイオリンには、楽器の個体差を超えて全体が共鳴し、倍音が豊かに響き合う

 『一点』という状態があります。

 その『一点』を外したまま弾き続けることは、ヴァイオリンという楽器である

 共鳴体と絶えず軋轢を起こし続けることになります。

 左手響き悪い音程に固まり、右手は鳴らない音を鳴らそうとして

 いつしか無用な力が宿る。

 たとえ音が出ていても、それは混濁した響きが鳴っているに過ぎません。

 上達しないのは才能がないからではなく『一点』を外した混濁した響き

 鳴らし続けることで、身体がその矛盾を抱えたまま動いているからです

 

 逆に言えば、その矛盾が解消された瞬間から、身体は急速に本来の動きを取り戻し

 ます。正しい音程を耳で求め続けることで、身体は自ずとその音を出すための

 運指と運弓へと導かれます。響きの探求が、指のを整え、ポジション移動

 安定させ、ビブラートをかけやすく豊かで美しいものに変えます。

 

 一音いちおん『一点』を求め続けるという、一つの源泉への希求から、

 すべての技術は、同時に、そして急速に上達していくのです

 

 ある日突然、これまでにない響きが鳴りきる瞬間が来る。

 こうした経験をされた方もいるかもしれません。

 それは偶然、『一点』を踏んだ瞬間です

 しかしその響きなぜ生まれたのかを知らなければ、再現はできません。

 『一点』は物理法則によって定まるものであり、正しい指導のもとで

 一音いちおんと向き合い続けた者にのみ、その瞬間が再現可能な確信として

 根付いていきます。

 

 運弓、フィンガリング、ポジション移動ビブラート音色、音楽表現――これらは

 すべて、音程という源泉の希求と、響きよって育まれた豊かな土壌の上にこそ

 美しく咲き誇れる花なのです。豊かな土壌のない花は、美しく咲くこともできな

 ければ、しっかりと根付くこともありません。

 『一点』を外した音は、いかに大きく鳴っていても、混濁した響きに過ぎないのです

 豊かな土壌が備わった時にこそ、すべての技術は一斉に花開くのです

 

指導者が習いに来る教室――その意味するもの

 当教室には、趣味で学ばれる方から、音大受験を目指す方、音大生、コンクールを

 目指す方、プロ奏者、指導者(ヴァイオリンの先生)の方々まで通われています。

(詳しくは『初心者から音大生・演奏者まで』のページをご覧ください)

 

 指導者は、通常、他の教室に習いに行くことはありません。

 それなのに、なぜ指導者が当教室へ習いに来るのか。

 

 答えは一つです

 「何かが違う」という違和感を、長年抱えながら指導を続けてきた。

 その違和感の正体を、ここではじめて明確に認識することができたからです

 しかし、より深刻なのは違和感すら覚えない指導者です

 誤った指導を誠実に続け、その指導正しいと確信している

 違和感がないのは、問題がないからではありません。

 『一点』知らないまま指導者になった者には、違和感を覚えるべき

 基準そのものがないからです

 

 『一点』を峻厳に見極める指導には、指導する側の圧倒的な耳の能力と、

 一音いちおんに向き合う膨大な手間暇が必要です。学習者が急増し指導

 効率化が求められる時代の中で、この指導は失われていきました。

 音楽大学においてさえ、今やこの奏法は教えられなくなってしまいました。

 その結果、音楽大学を出ていても、プロとして活動していても、

 『一点』知らないまま指導者になってしまっている者が少なくありません。

 誰かの怠慢ではなく、構造そのものの問題なのです

 

 当教室に習いに来る指導者を、能力が足りないから学び直しに来ていると

 思う方もいるかもしれません。

 しかし、それは逆です

 『一点』を求めて学び続ける指導者は、すでに高い能力を持ちながら、

 さらなる高みへの向学心を持つ方々ですそしてその学びの場には、

 一個人では到底得られない情報が自然と集まります。海外で研鑽を積む

 生徒からの情報、伝統技術の再発見――そうした知識が共有され、

 指導者とその生徒たちが共に育つ環境が、ここにはあります。

 だからこそ、他の教室で長年解決できなかった課題が、当教室ではわずかな期間で

 解決されることがあります。それはすべての技術『一点』という一つの源泉から

 統合的に、急速に育まれるからです

 

指導者の耳が教室を変える

 先ほど述べた、プロ奏者であり指導者でもある方は、当教室音程の取り方を学ぶ

 うちに、演奏そのものに技術的な上達と安定を得られました。

 そして周囲のプロの仲間たちから、「正しい音程美しい音が豊かに響く」と

 評されるようになりました。

 さらに、その方の生徒さん達もまた、同様に急速な上達を遂げているそうです

 その上達の評判を聞きつけて、新たな生徒さんが自然と集まってきているそうです

 

 指導者の耳が変わることで、その教室に集うすべての生徒さんの演奏

 変わり始める。これは実際に起きていることです

 

 指導者の耳が本来の峻厳さを取り戻すとき、これまで「だいたい合っている」と

 聞き過ごしていた音の中に、それまで気づかなかった濁りがあったことを知ります。

 一度その耳を手に入れた指導者は、もう二度と、生徒の音を漠然と聴き流すこと

 できなくなります。その峻厳さの伝播こそが、教室全体を変えるのです

 

 指導者こそが『一点』を学ぶことで、あなたの教室に集うすべての生徒さんの耳が、

 あなたとともに同時に育ち始めるのです

 

あなたが探し続けてきた答えが、ここにあります

 冒頭の画像を、もう一度ご覧ください。

食品サンプルのパフェ。本物と見紛う精巧な出来栄えだが食べられない偽物であるように、権威ある肩書や多数派の指導法も、ヴァイオリン本来の奏法を保証するものではない。

 パフェとは、フランス語で「完璧」を意味するparfaitに由来します。

 見た目は美しく、いかにも体によさそうに見える。

 しかしその実態は、高い糖質と脂質です

 そしてこの写真は、本物のパフェではなく食品サンプルです

 「完璧に見えて、本物ではない」――正しそうに見える指導、権威ある肩書、

 多数派の常識。

 この記事が問い続けてきたことの正体が、この一枚の写真の中にあります。

 

 「良い先生習っているはずなのに、何かが違う」

 

 その違和感を、今日まで誰にも言えなかった方へ。

 その違和感は、あなたの感性が正しく働いている証です

 

 一音いちおん響きの探求は、音程を超えて、あなたのヴァイオリン演奏

 すべてを変えます。その変化を、実際の響きの中で確かめるための一歩は、

 今からでも踏み出せます。

 

 決断は、今です。

ご希望の曜日・時間帯の空き状況は↓でも確認できます

 東京都狛江市にある美しい音色・正しい音程・伝統の奏法重視の

 「イワモト ヴァイオリン教室」

 住所(狛江教室):〒201-0003 東京都狛江市和泉本町2-31-4メイプルビル301

 営業時間    :10:30~23:30(日・月・水・木・土)

 アクセス

 生徒さんの感想(Googleへのレビュー)

食品サンプルのパフェ。本物と見紛う精巧な出来栄えだが食べられない偽物であるように、権威ある肩書や多数派の指導法も、ヴァイオリン本来の奏法を保証するものではない。

各色のマークをクリックすると、関連リンクが表示されます。

【演奏の哲学】マインド・指導

(下掲のボックスでブログ(サイト)内の検索ができます)

 

 

このブログの文章・画像・その他のコンテンツを含む一切の転載をお断りいたします

 究極のヴァイオリン奏法